読書会主催者のわたしが「読書会」にこだわる理由

こんにちは。ゆる読書会を主宰しているげんだちょふです。

突然ですが、わたしの夢の話をします。

それは、ゆる読書会がもっと大きくなることです。

大きくなるっていうのは、たくさんの人が参加してくれるっていうのはもちろん、作家さんをゲストに招いてトークイベントしたりするのもいいなぁ、とか、会社や学校で読書会をするっていうのが定番になればいいなぁ、とか。とにかくもっと多くの人に読書会の楽しさ知ってほしいなぁと思っています。

今日はげんだちょふが「なんで読書会にこだわっているのか」という話をさせてください。

なんで読書会にこだわるのか?

読書会が単純に楽しいから

まず一つ目の理由は、単純に楽しいからです。

読んだ本の話を人にするのって楽しいんです。本に書いてあったことをそのまま伝えるだけでも楽しいし、そこから発展して自分で考えたことを話してみるのもいい。

感覚的には、友達と一緒に映画を見た後に感想を話すのと似ていると思います。「この場面のこのセリフがいいと思ったんだよね〜」「主人公のここがありえないんだよね〜」とか、なんでもいいんですけど、そういうものに対して「そうなんだ!おもしろーい」とか、「そうそう、わかる!」とか言ってもらえると嬉しくないですか?

そういう、自分の思いを人とシェアする喜びが、割と簡単に味わえるのが読書会なのです。

本を通して読み手のパーソナリティが見えてくる

わたしが読書会の醍醐味と思っているのが、本を通して読み手自身が見えてくることです。

同じ本を読んでも、人によって感想は異なります。それは、その人が持っているベースとか、バックグラウンドが違うからです。

読書会をしていると、「え?その本を読んでそんなふうに思うの?なんで?」っていう瞬間が何度も発現します。その「なんで?」を深堀すると、その人の考え方や人生が透けて見えてくるんです。

この、その人の後ろにその人の人生が現れた瞬間が最高なんですよね〜。自分だけでは決して知ることのできない扉が開かれたような感覚になります。

読書会が世界平和につながるから

3つ目の理由はこれです。読書会は世界平和につながるから!(バーン!)

「は?」って思いましたよね?

げんだちょふは半ば本気でこう思ってます。

2つ目の理由のところでも言いましたが、読書会では自分だけでは知りえなかった考え方に出会うことがちょくちょくあります。

その考え方が自分の意に沿わないこともあると思います。全く共感できない、理解できないなんてことも。げんだちょふは、読書会は、たとえそれに共感できなくても、「そういう意見もあるのね。」と受け止める場にしたいと思っています。

自分とは違う意見も受け入れることができれば、それって平和につながると思いませんか?

「あなたはそう思うんですね。私とは全然違いますね。でもどっちもアリですよね。どっちも共存できる社会にしましょう。」っていう方向に進めば、戦争は起こらないと思うんです。(もちろん、そんな簡単な話ではないですが・・・)

世界平和は言い過ぎでも、この考え方を多くの人ができれば、家庭内平和とか、社内平和とかは作れる気がしませんか?

そんなわけでげんだちょふはこれからも、世界平和のためにゆる読書会を続けていこうと思っているのです。

※このブログは「書く習慣」という本の巻末にある「書く習慣 1ヶ月チャレンジ」のDAY1「今抱いている目標や夢」について書いたものです。

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